田尻歴史館(愛らんどハウス)

公開日:2022年03月25日

更新日:2022年08月03日

ページID : 3181

開館時間:午前9時から午後6時まで

入館料:無料

休館日:水曜日、12月29日から1月3日まで

沿革

田尻歴史館(愛称:愛らんどハウス)は、本町の北西部に所在する大正時代の近代和洋建築の建物です。
まちの文化振興の拠点施設として平成5年に開館しました。
平成8年12月20日に国の登録文化財として登録、平成17年には大阪府指定文化財に指定(指定に伴い登録は抹消)、平成19年には近代化産業遺産として認定されました。

館の建築者である谷口房蔵氏(大阪合同紡績株式会社元社長)は、明治から大正時代を通じて関西繊維業界の中枢を担い、「綿の国から生まれた綿の王」とまで称された人物です。谷口氏は、生まれ故郷である田尻に紡績という産業を興し、それによって田尻は飛躍的な発展を遂げました。

磁器タイル張りの外壁で玄関前が3段の階段になっており、玄関入り口の上部はアーチ型、屋根は中央部分が三角屋根になって、切妻を基調とした屋根の作りになっている愛らんどハウス正面の外観写真

田尻歴史館(洋館)

遠くには海が見え、紡績工場の建物が並んでおり、中央に立つ煙が出ている煙突、右手前には田尻歴史館がある大正13年ごろの工場周辺の写真

大正13年頃の工場現況図

  • 大正12年:谷口房蔵氏が別邸として建築
  • 昭和19年:民間会社取得
  • 昭和43年:辻野氏取得
  • 平成5年:田尻町が購入、愛称を公募し「愛らんどハウス」と命名
  • 平成8年:国登録有形文化財に登録
  • 平成17年:大阪府指定有形文化財に指定(国登録文化財抹消)
  • 平成19年:近代化産業遺産に認定

建物の概要

 ステイタス・シンボルとして建てられた洋館の横に、日常生活のための和風住宅が設けられ、ヨーロッパ・スタイルの洋館と伝統的な和館が見事に調和しています。特にインテリアでは、いたる所に使われているステンドグラスが必見です。
 大阪合同紡績社長・谷口綿布工場(後の吉見紡織株式会社)社長の谷口房蔵氏の別邸として大正11年に着工し、大正12年に竣工したと考えられます。設計は辰野片岡建築事務所に勤務、後に大阪合同紡績株式会社設計技師となった和田貞次郎ではないかと近年の研究ではいわれています。
 アプローチ庭園を経て薬医門を入るとすぐに煉瓦造2階建ての洋館玄関に至ります。洋館の北西には木造2階建ての和館が続き、北西の道路沿いには、土蔵造りの納屋が並んでいます。南西には、茶室が置かれています。
 洋館の外観は、磁器タイル張りで、素朴なコーニスにより内樋を納め、切妻を基調とした屋根をかけ、全体として幾何学的な構成となっているのが特徴です。
 洋館内部は、床はすべて寄せ木貼り、壁は腰板貼り、内法まで竜村製の緑地に金模様の西陣織布を貼り、天井は白漆喰塗りになっていました。
 至るところに使用されているステンドグラス、明るい色のタイル張りの外壁、ドイツのユーゲントシュティールの影響をうかがわせるスタイルは大正期の西洋館の特徴をよく表しています。インテリアの草花をモチーフとしたステンドグラスはアメリカ流の乳濁したガラスが特徴で欄間や食器棚にまで多用され、二階踊り場のステンドグラスが最も大きく印象的です。
 ステンドグラスの作者は近年の研究により木内真太郎(宇野澤組ステンドグラス製作所、後に玲光社を設立)であることが判明しています。
 和館内部は、洋館からつながる廊下の天井に屋久杉の一枚物の天井板など、今日では入手困難な贅を尽くした建築部材を使用しながら、こじんまりとした地味な仕舞屋風町家となっています。
 田尻歴史館の前に建っていたノコギリ屋根の紡績工場はなくなり、紡績産業で栄えた往時の面影はなくなってしまいましたが、紡績工場を見晴らしていた洋館は、現在も昔と同じ姿のまま建っています。

ふすまが開かれ、廊下をはさんで奥の和室までみえるお茶室から見た室内の写真

愛らんどハウス(お茶室)

左側が窓、右側に部屋の入り口があり、窓の上部にはステンドグラスが使用され、部屋の入り口には明るい色のタイル張りの外壁が見える愛ランドハウスの長い廊下の写真

交通案内

南海本線:吉見ノ里駅下車→北(海側)約500メートル

地図情報

お問い合わせ先

田尻歴史館
住所:(郵便番号)598-0092 大阪府泉南郡田尻町吉見1101番地1
管理・運営:田尻歴史館指定管理者 株式会社ビケンテクノ
電話:072-465-0045

この記事に関するお問い合わせ先

社会教育課
〒598-0091
大阪府泉南郡田尻町嘉祥寺409番地6(教育センター内)
電話:072-466-5029
ファックス:072-466-5095
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